小さな暮らしの畑屋さん

地球といういのち溢れる星に生まれた喜びを、日々の暮らしの中で感じられるような、小さな畑のある暮らしを提案しています。

人も植物も動物も、雲も空も海も微生物も、みんな仲良く調和した世界にする方法を大真面目に考える その③

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いつもお読みいただきありがとうございます。

そーやんです。

 

 

僕は、昔から割と最近までこの人間社会があまり好きにはなれませんでした。

 

慣習や全体の構造の維持が優先されるあまり、本当は正気の沙汰じゃないとわかっていることも、平気でまかり通っているとことか。

表面的な人間付き合いがめんどくさすぎて、狭苦しいとことか。

社会問題の解決策を考える時も、みんながお前は間違ってる合戦をしていて、個人を誹謗中傷して、醜い言い争いしてるとことか。

 

 

今のくそったれな社会を根本的に変えるには、人類が滅ぶ寸前になるか、もう人類がいなくなるしかないんじゃないかということももちろん考えましたし、既存の社会構造が一気に壊れれば良いのにと思ったりしてました。

 

まあ実際には、これは社会に問題があるというだけでなく、僕の中にある問題が投影されているということでしょうが、結果として僕は、こういうテーマ・課題をもって生きてきたことで、これから世界はどうなっていくんだろう?とか、この世界のほんとうのほんとうの真理はなんだろうかと常に考えるようになっていました。

 

今思うと、その現代社会への失望や悲しみは「世界はもっと暖かく、優しく、喜びと驚きと遊び心に満ちているものであってほしい」という願いの裏返しだったのだと思います。

 

 

今、僕の中でその希望への道筋が少しづつ見えつつあります。

理論的なものと感覚的なもの両方で、その希望への道を拓きつつあります。

 

その理論的な道筋を学んだもののひとつが、未来学者である「アーヴィン・ラズロ」という方の本でした。

興味ある方はぜひ読まれてみてください。

すんごく面白いです。

科学的な用語とか難しいとこもありますが、そこはすっとばして結論だけ読んでも十分理解できます。

 

ここではシステム構造論とかいうのをもとに、具体的にこれから社会はどうなっていくのかが予測されています。

人間社会だけでなく、この世の生き物やあらゆるシステムは共通の法則のもとに成長、発展、もしくは消失しており、その法則をもとに考えると人間社会の未来がどんな選択肢を持つのかも予測することができるみたいな感じだと理解しています。

 

この本と巡り合ったほぼ同時期に「統計学」「自然科学」「複雑系科学」「量子力学」の本を読んでいたのですが、そのどれもがこの「人間社会」は実は「生き物」のように振舞っており、他の自然や宇宙と同様に、ある一定の秩序に従って組織され、活動しているという結論につながっていました。

 

では、実際どんな未来が予測されるのかというと、

 

◯社会システムは常に成長をしており、より複雑で一貫性のある姿を目指しているが、いずれ必ずその外的環境との齟齬による限界を迎える。そのときの選択肢はシステムの「崩壊」か「進化」しかない。

◯つまり今人間社会が飽和状態になっているのは必然であり、システムを継続していくためには、活動領域を広げ、その外的環境のシステムと一体となったより大きく新しいシステムを構築していく必要がある。

 

それまで現代社会の大きな構造は、世界を変えていく上での敵だと思っていましたが、現代社会の発展の仕方が根本的にすべて間違っていたわけではなく、ただ未熟なだけであって、今までのシステムの成長を活かしていく上で新しい構造を生み出す必要があるという考えは僕にとって驚きであるとともに、とてもとても腑に落ちるものでした。

 

外的環境とはつまり「自然」「地球」「宇宙」というようなことですが、ここでいう活動領域を広げるというのは物理的空間の領域拡大というより「意識領域の拡大」を意味していると思います。

今まで人とそれ以外のものは切り離されて考えられ、物理的数字的な感覚に重きが置かれていました。

その意識をもとに築きあげられてきたものが今のシステムだと思います。

例えば環境問題は自然のもつシステムと人間社会のシステムが一貫性がないために起こるズレだと僕は理解しています。

 

ですので、その切り離されてしまったものを一体のシステムとして、今後築き上げる必要があります。

まさにこれが自然と人が調和された社会システムであり、このコミュティにおいては、人と自然との区別がない世界になるのではと思います。

 

この今という時代はものすごいスピードで変化しており、激動の時代となっていますが、それはまさに変化の節目、ラズロ博士のいうカオスポイントに入ってきているからです。

 

今、わたしたちは様々な失敗を繰り返しながら、既存のシステムの外側にある自然(内なる自然も含めて)と衝突を繰り返しています。

システムの成長は限界にきているので、今までの考え方、意識のあり方ではまったくうまくいかないことばかりになるのは当然です。

様々な問題が噴出し、苦しみは増えるばかりです。

でも、これは必要な過程なのだと思います。

 

わたしたち人間も子供から大人になる過程で、今まで守ってくれていた親という環境に限界を感じるようになり、衝突し、反抗します。

その衝突の中で少しずつ、親はなんでも願いを叶えてくれる神様ではなく、不完全な一人の人間なのだと理解するようになります。

そしてその理解を経て、親と同じ社会、共同体の一員としてそれぞれの役割を果たしながら、協力していけるようになるのだと思います。

 

わたしたちは今、まさにこの地球という親への反抗期を迎えているのかもしれません。

今までわたしたちはこの地球に見守られながら少しずつ成長し、すねをかじりまくって、ワガママ放題してきました。

でもその関係は限界に来ています。

 

わたしたちも地球というコミィニティの一員として自立し、責任を果たすときが来ています。

それだけの大役を果たす力が、もともとわたしたちには備わっているはずです。

 

 

僕もこの意識を持ち始めてから、すでに世界各地で共通の目的のもとに自立の芽が出始めていることを知りました。

 

僕が学んでいる自然農はまさにその一つであり、「自然のシステムを理解し、人と地球が調和して生きていくための知恵と技術」が凝縮されています。

 

もちろんこれは完成ではなく、これからの可能性を拓くひとつの芽です。

これらの今はまだ小さな可能性の芽がつながりだすと、やがて一体のシステムとして機能し始め、それぞれがそれぞれの触媒として、つながりの中で生まれる科学反応を活性化しだし、それぞれの成長を格段に早め、新たな文明がものすごいスピードで自己組織化されていくのだと思います。

 

 

僕が思っていたより、この世界の未来はずっと明るいみたいです。

もちろんどんな未来にシフトするかは、分岐点にいるわたしたちの行動にかかっています。

よりよい未来に向けて、一緒に学び、行動していきましょう。

 

つづく。